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福岡地方裁判所 昭和40年(ワ)108号 判決 1968年7月16日

原告

高木武一郎

原告

高木武俊

右両名代理人

山本彦助

被告

株式会社筑邦銀行

右代理人

岸川正

主文

被告は原告高木武一郎に対し金五〇万円を支払え。

原告高木武一郎のその余の請求並びに原告高木武俊の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用中原告高木武一郎と被告との間に生じた部分は、その三分の二を同原告の、その三分の一を被告の負担とし、原告高木武俊と被告との間に生じた部分は、原告高木武俊の各負担とする。

事実

原告ら訴訟代理人は「被告は原告高木武一郎に対し金一五〇万円、原告高木武俊に対し金三五〇万円を各支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行宣言を求め、その請求原因として、

一、原告武一郎は別紙目録記載第一の土地を所有し、原告武俊は武一郎の長男で同目録記載第二の土地及び家屋を所有し、右家屋に原告武一郎が居住している。

被告は原告らの右土地の南側に接して同目録記載第三の土地を所有している。

二、被告は昭和三九年一月中旬頃訴外戸田建設株式会社に依頼し自己所有の右土地上に鉄筋コンクリート造り五階建の建築工事を始め、同年九月中旬頃これを完成させた。

三、右工事の現場付近は所謂半住宅地であつて、高層建築物が建築されるときは原告ら所有の前記土地の地価が値下りし、原告武一郎居住の右家屋の通風が悪くなり、日当りが全然なくなるところから原告らは右工事の途中である昭和三九年五月以来屡屡被告に対し右事情を訴えて建築される建物に工夫を加えるか、もしくは原告らの前記土地を買い取るよう申し入れたところ当初被告は三階建を建築すると言いながら原告らの右申し入れを無視し、原告らの右土地に極めて接近して前記の如く五階建の建物を建築したのである。

元来、所謂半住宅地において高層建築物を建築するときはその北側に居住する者の立場を考慮し、その建築物の工事を社会観念上一般に許容されるべき範囲に止めるべきである。しかるに、被告は敢えて右範囲を超えて建築し、不法にも原告らに次の如き損害を被らしめた。

四、(一) 原告武俊所有の家屋及び庭園の損害

(1)金二二万三、四四〇円

前記建築中の杭打工事のため原告武俊所有家屋の内壁及び外壁に亀裂を生じたことによる損害

(2)金四万九、五六〇円

屋根瓦破損による損害

(3)金一万〇、七〇〇円

原告所有土地内の井戸水が枯渇し、これをさらに深く掘るための費用相当の損害

(4)金二五万八、〇〇〇円

ブロック塀が傾斜し、庭園の破損したことによる損害

以上合計金五四万一、七〇〇円

(二) 原告らの土地の地価値下りによる損害

原告武一郎の前記土地は従来坪当り二五万円相当であつたが地価値下りを三割とみて、六五坪五合五勺(実坪三三坪五合)に対する合計金二五一万二、五〇〇円の損害となるところ内金一五〇万円の損害。

原告武俊の前記土地も前同様の比率により合計金六〇一万五、〇〇〇円余の損害となるところ内金二九五万八、三〇〇円(金三五〇万円より前記(一)の損害合計額五四万一、七〇〇円を控除した残額)の損害。

五、かりに、原告らの前記土地の値下りによる損害が認められないとすれば、被告の前記不法行為により原告らは精神相当な苦痛を被つている。その慰藉料額について、原告武一郎が金一五〇万円、原告武俊が金二九五万八、〇〇〇円を相当とする。

六、よつて、被告に対し原告武一郎は金一五〇万円、原告武俊は前記物的損害と慰藉料との合計金三五〇万円の支払を求めるため本訴請求に及んだ。<証拠略>

被告訴訟代理人は「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求め、答弁として、

一、原告の請求原因一の事実中別紙目録記載第一、第二の土地の実坪数及び同第三の土地が被告の所有であることはいずれも否認するが、その余の事実はこれを認める。別紙目録記載第三の土地は訴外昭光株式会社の所有である。

二、同二の事実中被告所有地上とある部分を除き全部認める。

三、同三の事実中原告らが被告に対し別紙目録記載第一、第二の土地の買取り方を申し入れたことは認めるが、その余の事実はこれを否認する。

被告は原告ら所有地の境界線から五〇糎以上離れて一、二階を被告銀行赤坂門支店の店舗とし、三、四、五階を訴外昭光株式会社所有の貸事務所として建築したものであり、しかも右建築に当つては関係官庁の許可を受けているのであつて、原告らの土地、及び家屋の所有権行使を妨害する意図の下に建築したものでない。

四、同四の事実中

(一)の(1)について

本件建築工事のため原告所有家屋の内壁及び外壁に亀裂を生じたことは認めるが、現に存する右亀裂中には右工事着手前から生じていたものがある。しかもこれらの亀裂を補修するとしてもその費用は金三万八、〇〇〇円程度である。

(2)について

屋根瓦の破損したものは既に訴外戸田建設株式会社がこれを取り替え現在破損しているものは存しない。また、屋根瓦の一部がコンクリート汁で汚損したものがあるが、かりにこれを全部取り替えるとしてもその費用は金四万円程度に過ぎない。

(3)について

井戸水の枯渇は本件建築工事と因果関係はない。

(4)について

本件工事のため庭園と本件建物との間のブロック塀が一部傾斜したことは認めるが、この部分を全部取り替え補修するとしてもその費用は金一万六、〇〇〇円程度である。

また、庭園の破損に付ては本件建築工事完了後前記訴外会社が植木職人等を入れ、手入をしたので現存在しないし、枯死した松二本も原告らの意向に従い他の樹木を植樹した。

(二)の点は全て否認する。

五、かりに、被告の本件建築工事によつて被告が原告らに損害賠償義務があるとしても、被告は昭和三九年六月一五日本件建築現場北側の足場組みのため原告ら所有地中四坪六合三勺の上空を三ケ月使用することの承諾を得た際原告らに金三六万円を支払つたが、右は本件建築工事によつて原告らに生ずる一切の損害の補償として支払つたのである。したがつて原告らの損害賠償債権は既に支払済である。

なお、右金三六万円の支払についてその名目を「三ケ月分の賃料」としたが、それは原告武一郎が福岡労働基準局安全課長の職にあつたため、迷惑料ないし補償金等の名目にしたのでは同原告の職権濫用の疑惑を生ぜしめる虞があつたからである。

また、本件建築工事完了後戸田建設株式会社が原告らに対し家屋の壁の亀裂、瓦の汚れ、傾斜したブロック塀等の補修工事を無償施行する旨度々申し入れたが、原告らはこれを拒否し、本訴請求に及んだのである。

よつて、原告らの請求に応ずることはできない、<証拠略>

理由

一、別紙目録記載第一の土地(但し実測坪数を除く)が原告武一郎の所有であり、同第二の土地(前同様実測坪数を除く)及び家屋が原告武一郎の長男である原告武俊の所有であること、原告武一郎が原告武俊の右家屋に居住していること右各土地の南側に接続して別紙目録記載第三の土地が存すること、被告が昭和三九年一月頃訴外戸田建設株式会社に依頼して右第三の土地上に鉄筋コンクリート五階建の建築工事を始め、同年九月中旬頃右工事を完成せしめたこと、はいずれも当事者間に争がない。なお、<証拠>によると、別紙目録記載第一、第二の各土地の実測坪数が該当の仮換地指定地の坪数であること、別紙目録記載第三の土地は訴外昭光株式会社の所有であつたものを売買予約により被告が所有権移転請求権仮登記を経由しているものであることが、それぞれ認められ、他に右認定を覆えす証拠はない。

二、<証拠>を総合すると、前記鉄筋コンクリート造り五階建建物の床面積は東西の長さ一九、六九一メートル南北の長さ一九、六一八メートルで約三八五、五八平方米のもので、被告が右建築を建築するに当つては訴外戸田建設株式会社にこれを代金七、八〇〇万円で請負わせたものであること、また右建物建設に当つては関係官庁より建築確認の申請等許可を受けており、右建物は被告の別紙目録記載第三の土地の北側と原告ら所有の前記土地の南側との東西に亘る境界線より南側に約六〇糎隔てて右境界線と平行に建築されたこと、請負人である戸田建設株式会社は昭和三九年一月二二日頃から同月二七日まで杭打工事をしたこと、完成された前記建物中一、二階は被告が被告銀行赤坂門支店の店舗として使用し、三階ないし五階は訴外昭光株式会社が使用しているが、前記建物は被告の所有であること、がそれぞれ認められ、右認定に副わない<証拠>は前掲の各証拠に照し措信し難く、他に右認定を覆えす証拠はない。

三、原告武俊は被告建物の建築工事によつて、同原告所有の家屋、庭園、ブロック塀等に同原告主張の如き損害を被つたと主張するので判断するに、前記建物の建築工事によつて、原告武俊所有家屋の内壁及び外壁に亀裂が生じ屋根瓦の一部が破損したこと、前記境界線にある原告武俊所有のブロック塀が傾斜したことは、いずれも当事者間に争がなく、その他原告ら主張の如き井戸水の枯渇、植木の被害等が生じたことは、<証拠>によつてこれを認めることができるが、右各証拠に証人<省略>の証言を総合すると、以上の各損害は戸田建設株式会社が、昭和三九年一月二二日頃から同月二七日までに施行した杭打工事等同会社の請負工事につき生じた損害であることが認められるので、右損害の発生につき注文者たる被告の故意もしくは過失の認められない本件においては、これが損害の額を判断するまでもなく被告に賠償の義務はないといわざるを得ない。

また、原告らは、被告の前記建物が建築せられたことによつて原告ら所有土地の地価が三割減じた旨主張するけれども、これに副う<証拠>は地価値下りの合理的根拠が明らかでないので右主張認定の資料としては措信できなく、他に右主張を認める証拠はない。したがつて、被告に原告ら所有地の地価値下りによる損害賠償義務を認めることはできない。

四、原告らは、被告の建物が建築されたことによつて、原告武俊所有の家屋の風通しが悪くなり、且つ日当りが皆無となつたので被告が原告らの被つた精神上の苦痛に対する損害を賠償すべきであると主張するのでこの点について判断する。

凡そ住宅における日照通風の確保は快適で健康な生活を享受するために必要欠くことのできない生活利益であつて、その利益は法によつて保護されなければならない。そしてかかる利益を久しく享受していた者がその利益を阻害されるに至つた場合は、その阻害の程度が被害者において社会通念上一般に受忍されるべき限度を超え、その阻害事由が人の行為に基因するものである限り人格権に対する侵害として不法行為を構成するものと解するを相当とする。

ところで、<証拠>を総合すると、原告武俊所有の前記家屋は福岡市内の住宅地域というよりは、商業地域に存するのであるが、被告前記建物が原告らの土地と被告の土地との前記境界線上にあるコンクリート塀に沿いその長さいつぱいに建築されコンクリート塀と原告武俊所有家屋の間にある庭園の距離が長い箇所で約七メートル余りに過ぎないため右家屋は風通しが悪くなり、かつ、一年中殆んど屋内に日光が差し込まず、久しく同家屋に居住している原告武一郎及びその家族は不愉快で、不健康な生活を余儀なくされるに至つていること、原告武一郎は昭和三七年秋頃本件現場に被告が鉄筋コンクリート造りの建物を建築する計画であることを聞き込み、もし、右建物が建築されるときは同原告居住の家屋が日蔭になることを虞れ、被告銀行に対し屡々原告らの土地の買取り方を申し入れたがこれを拒絶され、当時被告から二階もしくは三階建の建物を建築するので、心配するに足りない旨言明された。しかるに、その後被告が原告武一郎の右意向を無視し前記鉄筋コンクリート造り五階建の建物を建築するに至つたことが、それぞれ認められ、他に右認定を覆えすに足る証拠はない。

右認定事実に徴すると、原告武一郎は被告の前記建物により会社通念上一般に受忍されるべき限度を超え、不愉快で不健康な生活を余儀なくされ、精神上相当な苦痛を被つていることが窺われ、その慰藉料損害額は金五〇万円を相当と認める。

しかし、原告武俊の前記慰藉料請求については、<証拠>によると、原告武俊は現在若松市に居住し、同原告の前記家屋に居住していないことが認められるので同原告に対する前記の如き人格権の侵害は存するいわれはないので同原告に対する爾余の争点を判断するまでもなく、同原告の右主張は採用できない。

五、被告は本件建物建築中の昭和三九年六月一五日に原告らに対し本件工事によつて原告らに生ずる一切の損害補償のため金三六万円を支払つたので原告武一郎に対する慰藉料賠償の義務はない旨抗争するのでこの点について判断する。成程<証拠>によると被告がその主張の日原告武俊に金三六万円を支払つたことはこれを認めることができるが、右の支払が被告主張の如き損害補償であるとの点については、これに副う証人<省略>の証言は措信し難く、他にこれを認める証拠はない。かえつて、<証拠>によると、戸田建設株式会社が本件工事施行中北側足場跳ね出しのため原告武俊所有の土地の一部上空を三ケ月間使用する対価として被告が同原告に金三六万円を支払つたものであることが認められるので、右抗弁は採用できない。

六、結局、被告は原告武一郎に対し前記不法行為に因る慰藉料金五〇万円を支払うべき義務があり、同原告の本訴請求は叙上認定の限度においてこれを相当として認容し、爾余を失当として排斥し、原告武俊の本訴請求はいずれもこれを失当として棄却する。

よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条九二条、九三条を適用し、仮執行の宣言は相当でないと認めてこれを付さないことにし、主文のとおり判決する。(原田一隆)

目録<省略>

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